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自分の音楽歴で外せない流れ [音楽]

先に書いたように、音楽雑誌ミュージックライフを毎月購入していたのだが、ミュージックライフにはアメリカのチャート誌、キャッシュ・ボックスとビルボードのチャート、それとイギリスのニューミュージカルエキスプレスとメロディメーカーのチャートを載せていたページがあった。


ミュージックライフのレコード紹介の時、殆どの曲は今チャート急上昇中とか、全米1位!とか書いて紹介されていた。


そうなると自分としても次第にチャートと言うものに興味が湧くようになっていった。


それと当時はラジオでも順位的な音楽番組が結構あって、良く聴いていた番組でも毎週、ビルボード、キャッシュボックスのチャートを発表していた。


それで、日本で未だヒットしていない曲のことや日本でヒットしなくてもアメリカでヒットすることがいかに凄いことなのかと言うことが分かっていって、どんどんアメリカン・チャートに興味が惹かれて行った。


その頃はシェールの「悲しきジプシー」、アイザック・ヘイズの「黒いジャガー」、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「ファミリ・フェアー」が全米1位になったことは何となく分かっていたし、その後に続く1位曲も日本でヒットしていた曲だったので殆ど知っている曲ばかりだった。


そんな中で、マック・デイヴィスの「愛は心に深く」、チャック・ベリーの「マイ・ディンガリン」、ジョ二ー・ナッシュの後にレゲエの名曲となる「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」など、日本で余りヒットしない曲などが全米ナンバー1になった曲もあって、これは日本でヒットした曲ばかり追いかけていてもダメなんだな~と思い


カーリー・サイモンの「うつろな愛」が1位になった頃から、ラジオ番組で毎週発表していたビルボードチャートを(トップ10のみ)ノートに付けるようになり、後にラジオ関東の湯川れい子さんの「全米トップ40」の放送を毎週欠かさず聴いてノートに必死になって付ける流れになって行くのである。


その流れの中で自分が強く惹かれた2曲のソウルの名曲


アイザック・ヘイズの「黒いジャガー」とビリー・ポールの「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」


この2曲を知ったお陰でソウルに俄然惹かれていくことになる。


だけど実際、当時はこの2曲のシングルをリアルタイムでは買っていなかったのだが(後からベスト盤とかで買った)、インストなんだけど、なんだかとにかくカッコイイ!アイザックへイズの低い語りのようなヴォーカルなんだけど、曲として全体の構成と展開がとにかく今までなかったような曲に感じられた(まぁ~映画曲だったのだから当たり前なんだけど)


そして当時テレビで観たアカデミー賞でのアイザックへイズのパフォーマンスが決定的になる!(実際この曲はアカデミー主題歌賞を受賞)バックで踊るダンサーとアイザックの演奏と歌が凄くマッチしていて ソウルって凄くカッコイイなぁ~と分かったのだった。


一方、「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」は前者とは違い、甘いバラードで、その時は不倫の歌とはガキには全然分からずに聴いていた曲だったのだが(まぁ~タイトルで考えれば、何となくそう言う意味だったのか!と大人になって気付くことになるw)、とにかくストリングスが美しい(MFSB、最高!正にグレート!)


チャイ・ライツの「オー・ガール」とはまた違ったソウルバラードの美しさを感じた曲だった。


この曲でフィラデルフィア・サウンドを知ることになり、時代も正にソウルはフィリーの時代になって行くのだが、自分のソウル好きの原点になった曲だった。


黒いジャガー.jpgミー・アンド・ミセス・ジョーンズ.jpg


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